ほんの少しの恐怖と大きな好奇心を抱いて、あの日初めて新宿二丁目へと足を踏み入れた。
メディアでよく取り上げられるような派手な見た目のドラァグクイーンは、そこら中に居るわけでは無かった。スーツ姿のサラリーマン同士が手を繋いで歩いていたり、着飾った女の子たちが楽しそうにお喋りしながらネオン輝くBARへと入っていく。
この世の中を生きていく上で、同性を好きになった私は“特別”だと思ったけど、そんなことは無かった。
そこには彼らの日常と非日常が混在していて、だからこそ、「あ、このままの私で良いんだ」と思えた。
「今日、一緒に行きませんか?」と声をかけてくれたのはアプリで知り合った子。ノンケの女の子を好きになってしまったと嘆いていた。レズビアン限定のBARでは、あちこちで恋バナに花を咲かせている。
「あの子、さっきからアンタのこと見てるよ」
「声掛けてきなよ」
「お姉さん、美人ですね。良かったらお話しませんか?」
ここでは皆ハイエナのような目をして、友人と話をしつつ品定めをし、出会いの機会を伺っている。正に飢えた獣のようだった。
魅力的だなと思った方と一緒に、終電で帰ろう と駅まで歩いた。本当に他愛もない話をして、連絡先も交換せずにお別れを言う。多分、また二丁目で会えるから。
男が好きだろうと女が好きだろうと、性別に囚われずに自分に素直に生きようと、なにも特別なことでは無いと知れた。
今日も終電に間に合うように二丁目に背を向ける。
二丁目からの帰り道は、いつも以上に月が綺麗に見える。
はてなインターネット文学賞「記憶に残っている、あの日」