茄子と牛

徒然なるままに駄文を捨て書く

名古屋駅のマクドナルド

 

 

去年の今頃、私は名古屋でオーケストラの仕事があった。

ギャラが出たので「仕事」とは言ったものの、学生の分際で大層な額を貰えるわけでもなく、2ヶ月間ほぼ毎週、行きも帰りも夜行バスに乗って名古屋に通った。

 

 

名鉄乗り場に続く名古屋駅の地下街に朝7時。

通勤、通学、多くの人々が行き交う中で、天下のマクドナルドに滑り込む。

名古屋駅のマックには隅っこに追いやられた立ち食い席と質素なカウンターチェアがみっちり並んでいる窮屈なイートインスペースがある。

 

その日は模試があったようで、店内はまだ朝も早い時間なのに制服姿の高校生で溢れかえっていた。

やっとの思いで立ち食い席に空きを見つけ、ドリンク片手に一息ついていると、背丈の小さな可愛らしいマダムが「ここいいですか?」と。

「どうぞ」と答えると笑顔で「ありがとう」と言ってくれた。

 

彼女はカフェラテをひとくち飲み込むと深い溜息をついた。

私よりも頭2個分くらい小柄な彼女から吐き出された大きな溜息が彼女を飲み込んでしまわないか、少し心配になった。

 

 

「お隣にいる他人」になってから10分したくらいに彼女が話しかけてくれた。

曰く、Lサイズのポテトが150円で買える日だから物は試しと足を伸ばして2つ買いに来たそうだ。

 

「あんまり来たことないからさ。77歳になるからよ」

 

 

「カフェラテも飲み終わったことだし」とお帰りになる際、カップやストローを捨てる例のゴミ箱ゾーンが見当たらず、ふたりで狭い店内を身を縮めて探した。

「見つからないですねぇ。店員さんに聞きますか?」

「んや、外で探してみるよ。ありがと」

「ありがと」「ありがと」

 

 

 

 

「ありがと」の可愛い響きを残して去っていった彼女は、混雑した店内で、小さい体をさらに小さくして背を向けた。

見送ろうと思って彼女の後ろ姿を見てたけど、ほんの一瞬で見えなくなった。